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キリスト信徒やまひでの心の窓

キリスト信徒やまひでの心の窓

パスカル『パンセ』読書の手引き

ブレーズ・パスカル著『パンセ』 1670年発刊
 初版の書名は、『宗教および他のいくつかの問題に関するパスカル氏の諸考察 ~ 氏の死後にその書類中より発見されたるもの』。
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 章と番号は中公文庫版による(前田陽一、由木康訳)

第1章 精神と文体とに関する思想より 1~59
1 幾何学の精神と繊細の精神との違い
  「繊細の精神は、よい目を持つこと」と言われる。神を捉えるのはこの繊細の精神にほかならない。

第2章 神なき人間の惨めさ 60~183
60 第一部。神なき人間の惨めさ。
   第二部。神とともにある人間の至福。
 この章の劈頭の言葉は、『パンセ』がまとめられる目的と言えよう。
82 想像力。
 「これは人間のなかのあの欺く部分のことである。あの誤りと偽りとの主であり、いつもずるいと決まっていないだけに、それだけいっそうずるいやつである・・・」
 ボクの好きな断章の一つである。
143 気を紛らす。空しい人間の姿。
150 虚栄
 「 虚栄はかくも深く人間の心に錨をおろしているので、兵士も、従卒も、料理人も、人足も、それぞれ自慢し、自分に感心してくれる人たちを得ようとする。そして哲学者たちでさえ、それを欲しがるのである。また、それに反対して書いている人たちも、それを上手に書いたという誉れが欲しいのである。彼らの書いたものを読む人たちは、それを読んだという誉れがほしいのだ。そして、これを書いている私だって、おそらくその欲望を持ち、これを読む人たちも、おそらく・・・」
162 クレオパトラの鼻。
 「・・・・それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう。」
172 現在、過去、未来
不安定な人の心を写しだしている。部分的に引用しようとしたが、全部を読まなければ、パスカルの真意が伝わらない。

第3章 賭の必要性について 184~241
199 鎖につながれた人間
 「ここに幾人かの人が鎖につながれているのを想像しよう。みな死刑を宣告されている。そのなかの何人かが毎日他の人たちの目の前で殺されていく。残った者は、自分たちの運命もその仲間たちと同じであることを悟り、悲しみと絶望とのうちに互いに顔を見合わせながら、自分の番がくるのを待っている。これが人間の状態を描いた図なのである。」
 上の通り、神を知らない人間の現状はこんなに暗く描かれている。
210 墓でおしまいの人間
「最後の幕は血で汚される。劇の他の場面がどんなに美しくても同じだ。ついには人々が頭の上に土を投げかけ、それで永久におしまいである。」
233 賭け(人生をキリスト教信仰に賭けるメリットを論じている)
「「神はあるか、またはないか」と言うことにしよう。だがわれわれはどちら側に傾いたらいいのだろう・・・・そこには、われわれを隔てる無限の混沌がある。この無限の距離の果てで賭が行なわれ、表が出るか裏が出るのだ。君はどちらに賭けるのだ・・・・一つの選択をした人たちをまちがっているといって責めてはいけない・・・・だが賭けなければならないのだ。君はもう船に乗り込んでしまっているのだ。では君はどちらを取るかね。さあ考えてみよう。選ばなければならないのだから、どちらのほうが君にとって利益が少ないかを考えてみよう。君には、失うかも知れないものが二つある。真と幸福である。また賭けるものは二つ、君の理性と君の意志、すなわち君の知識と君の至福とである・・・・神があるというほうを表にとって、損得を計ってみよう。次の二つの場合を見積もってみよう。もし君が勝てば、君は全部もうける。もし君が負けても、何も損しない。それだから、ためらわずに、神があると賭けたまえ。これは、すばらしい。そうだ、賭けなければいけない・・・・」

第4章 信仰の手段について 242~290
 理性を越えるものであり、「神の賜物」であることを説く。
286~288 神からの働きかけ

第5章 正義と現象の理由 291~338
327 無知について

第6章 哲学者たち 339~424
347 考える葦 (793終わりから3段目に結ばれる)
 「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一適の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。
 だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。」
378 魂の偉大さ
397 人間の偉大さ
416~418 偉大さと惨めさ
423~424 真理を知り幸福になる力

◎第7章 道徳と教義 425~555
偉大さと惨めさを知ることの大切さが繰り返し語られる
 「腐敗した本性」439, 440, 441
 「原罪」 445, 446, 447
「邪欲」  446, 450, 451, 452, 453, 454
434(部分) 不変な2つの信仰の真理
435 2つの極端、尊大と絶望
458 パスカルが描く理想の信者(詩人パスカルを思わせる美しい断片)
462 世の人の幸福の源は「気晴らし」
463 世の人の幸福の源は「人から賞賛されること」
465 幸福は気晴らしのうちにない、神のうちにある。結論。
471 自分に執着させる愚
479 被造物を愛する愚
473~483 肢体論:1コリント12章12節以下をなぞる。
   「考える肢体に満ちた一つの身体」
476 全体のための肢体
482 統合の幸福
483 肢体の性質
484 パスカルが理想とする国家。パスカルはかくも理想主義者。
 「二つの律法(註・神を愛し人を愛せよという戒)は、あらゆる政治的法律にもまさって、キリスト教国を統治するのに十分である。」
485 真の唯一の徳は自分を憎むこと
494 「真の宗教は、偉大と悲惨を教え、自己の尊重と軽蔑とに、愛と憎しみとに、導くものでなければならない。」
497 神の憐れみと信者の善行
527 中間を行く パスカルのテーゼ・悲惨と絶望、高慢
538 真のキリスト者。パスカルの描くキリスト者
541 「真のキリスト者ほど幸福で、道理にかない、有徳で、愛すべきものは、ほかにない。」
544 「キリスト者の神は、神が魂の唯一の善であること、魂の十全な平安は神のうちにあること、魂の唯一の喜びは神を愛するにあることを、魂に感じさせる神である。またこの神は、それと同時に、魂を引きとめる障害、魂が全力をつくして神を愛することを妨げる障害を、恐れさせる神である。魂をはばむ自愛と邪欲とは、魂にとって堪えがたいものである。この神は、魂が自分を滅ぼす自愛の根を持っていること、神のみが魂を癒しうることを、魂に感じさせてくださる。」(ウェスレーの言うこととほとんど同じ)
546 カルヴァン主義的な部分を感じる。パスカルが付き合ったポール・ロワイヤル修道院は、カルヴァン主義的傾向をもっていたと言われる。そして、この断章はすばらしい。
547 パスカルが証ししようとするキリスト教の真理が述べられている。
548 キリストによって自分自身を知る
550 「これが私の気持である」。ここはパスカルの信仰告白。「私メッセージ」の権化としての「パンセ」
553 「イエスの秘儀」 793と共に、パスカル思想の根本(前田陽一)
「イエスはその苦難においては、人間が彼に加える苦しみを忍ばれる。だが、その最後の苦悶に、おいては、自分で自分に与える苦しみを忍ばれる。〈激しく感動し〉それは人間の手から生じる苦痛ではない、全能の御手からくる苦痛である。それに堪えるには全能でなければならないから。」こう始まる長文。ここが『パンセ』の頂上であろう。

第8章 キリスト教の基礎 556~588
556 長文。キリスト教について。パスカルのモティーフ
586 「・・・・なぜなら、自分の悲惨を知らずに神を知ることも、神を知らずに自分の悲惨を知ることも、人間にとって等しく危険だからである。」繰り返される言葉、神と人間の関わりにおけるモティーフの一つであろう。

第9章 永続性 598~641
 宗教論

第10章 表徴 642~692

第11章 預言 693~736

第12章 イエス・キリストの証拠 737~802
737(部分) パスカルの希望
793 3つの秩序

第13章 奇跡 803~856
この章を紐解くと、キリスト教にとって「奇蹟」が本質に関わっていることを教えられる。
808 「彼は自分が罪をゆるしうることを奇跡によって証明される」
「ゆえに、信仰はすべて奇跡の上に立っている」
815 「奇跡に反対して合理的に信じる事は不可能である」

第14章 論争的断章 857~924
 護教的な断片


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